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釧路地方裁判所帯広支部 昭和41年(ワ)94号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原告らは、瀬尾勲がもし本件事故にあわないで存命したとすれば得たであろう利益を本件死亡により喪失し同額の損害を蒙つたと主張するので検討する。

死亡当時瀬尾勲が帯広第三中学校第三学年に在学中であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

原告安次郎は青年学校卒業後昭和一八年より帯広営林局に勤務し、昭和四〇年に年間九二万七三二円の給与の支給を受け、妻である原告菊枝との間に男子四人が出生したが長男は八才で病死し、次男瀬尾肇仁は岩手大学工学部機械工学科第二学年に在学し、また三男瀬尾聖一は帯広柏葉高校全日制普通科第三学年に在学し、大学進学の予定である。本件事故で死亡した四男勲は、帯広第三中学校に入学以来第三学年の途中死亡するに至るまで欠席皆無であり、学業成績は学級中二番ないし三番、学年では三七〇人中二〇番くらいで、努力力行型であり、二人の兄に続いて公立高校および大学へ進学する希望をもつていた。以上、家庭の経済力、教育に対する熱意、勲本人の能力、性格、健康状態より勘案すると、勲はもし本件事故で死亡しなかつたならば、大学に進学、卒業し、社会に出て通常の大学卒業の男子勤労者として勤労し、収入を得たであろうことが推認できる。

さて瀬尾の得べかりし利益を算定するに当つて次の点を考慮するのが相当である。

イ、死亡当時勲が満一四年一〇月であつたこと、第一〇回生命表により、満一五才の日本人男子の平均余命が五三、〇九年であることは、当事者間に争いがない。

ロ、父安次郎は公務員であつて、その資産収入に照らし、将来勲に対し独立営業をするに足るだけの資本を与えうるであろうとは考えられないから、勲は大学卒業後他の企業に雇われて賃金を得ることになるであろうと推測される。

ハ、わが国における労働者の平均賃金を知るには、労働大臣官房労働統計調査部作成の「昭和四〇年賃金構造基本統計調査報告」(成立に争いのない甲第一九号証)が最も信頼できる。

ニ、右統計表には、「第一巻、第二表学歴、年令階級および勤続年数、階級別勤続年数、きまつて支給する現金給与額、所定内給与額および特別に支払われた現金給与額の平均ならびに労働者数があり、右表はさらに(企業規模計)、(企業規模一、〇〇〇人以上)(企業規模五〇〇〜九九九人)、(企業規模一〇〇〜四九九人)、(企業規模三〇〜九九人)等の諸表に分けられているがわが国では大規模企業ほど賃金の高いことが公知の事実であるから、利益を控え目に計算するため、右表中(企業規模三〇〜九九人)の表によることとする。

ホ、右表はさらに男子労働者につき「学歴計」「小学、新中卒」「旧中、新高卒」「旧高専、短大卒」「旧大、新大卒」の各表に分かれるが、そのうち「旧高専短大卒」の表を採用する。なるほど瀬尾勲は将来四年制大学を卒業するであろうことも充分考えられるが、いまもし「旧大、新大卒」の表をとるとすれば、その表のうち年令約三五才以上の数値では、旧制大学卒業者の数字となり旧教育制度の下では大学卒業者は社会の極めて数少ないエリートであつたことを考えると、この表によれば余りに高い数値が出ることとなつて、実情にそぐわないからである。

ヘ、短大卒の表による以上は、短大卒業後直ちに就労するものと推定すべきであり、勲は死亡のとき満一四年一〇月で、中学三年在学中であつたから、三年制高校を経て二年制短期大学を卒業するのは昭和四六年三月三一日、勲が満二〇年六月のときであり、昭和四六年四月より所得があるものとする。そして勲は満五九才の終了時まで労働しえたものとし、その反面停年時などにおいて退職金を受けることは考慮に入れないものとする。

ト、所得より控除すべき勲の生活費を計算するに当つては、「扶養家族の消費単位指数」(本人一・〇、配偶者〇・九、五才未満の子〇・三、一一才未満の子〇・四、一四才未満の子〇・五、一四才以上の子〇・六)をしんしやくし、かつ残存利益を控え目に見積るために扶養家族数をなるべく少いものと仮定する。従つて、満二四才まで独身で(収入の八〇パーセントを生活費として費消するものとする)、満二九才までは配偶者はあるが、扶養する子なく、その後は配偶者以外に扶養する子が二名あるものとして、別表DおよびEの如く計算する。

チ、ホフマン式計算に当つては、計算の便宜上月別でなく年別単利年金現価表に従い計算する。

リ、勲の進学に要する経費あるいは公租公課などを控除する必要のないことはいうまでもない。

別 表

令(才)

暦年

(昭和年月)

(年)

平均月間きまつて支給する現金給与額(A)(円)

平均年間特別支払われた現金給与額(B)

年間現金与給額

(C=A×12+B)

本人の生活費

指数(D)

(E=1-D)

年間

逸失利益

(F=C×E)

年別法定利率による単利年金現価総額(G)

逸失利益

現価

(H=F×G)

註 瀬尾勲

昭25.9.29生

(0年)

昭40.8.19死亡(14年10月)

昭41.3.31中学卒(15年6月)

昭44.3.31高校卒(18年6月)

昭46.3.31短大卒(20年6月)

昭46.4.1就職

20

46年4月

〃8月

6

23,900

――

119,500

(A×5)

0.8

0.2

23,900

0,76923076

(期限付債権現価)

18,384

20

24

46年9月

50年8月

7

10

23,900

55,900

342,700

0.8

0.2

68,540

7,94494948

-5,13360118

192,689

25

29

50年9月

55年8月

11

15

30,400

71,700

436,500

0.52

0.48

209,520

10,98083524

-7,94494948

636,078

30

34

55年9月

60年8月

16

20

41,500

104,300

602,300

0.39

0.61

367,403

13,61606764

-10,98083524

968,192

35

39

60年9月

65年8月

21

25

50,900

153,200

764,000

0.35

0.65

496,600

15,94416917

-13,61606764

1,156,135

40

49

65年9月

75年8月

26

35

57,500

203,100

893,100

0.35

0.65

580,515

19,91745110

-15,94416917

2,306,549

50

59

75年9月

85年8月

36

45

53,800

151,600

797,200

0.35

0.65

518,180

23,23071724

-19,91745110

1,716,868

計6,994,895

右によつて別表のとおり計算すると、勲の得べかりし利益の喪失額は六九九万四、八九五円となる。

原告らが勲の父母であることは当事者間に争いがなく、中学三年生の勲に配偶者や子のないこと、勲が法定相続分と異る遺言をしなかつたことは経験則上明らかであるから、各原告は勲が生命を失つたことにより喪失した利益相当額の損害賠償債権を各二分の一宛相続したものと認められる。してみると、各原告の取得した損害賠償債権は三四九万七、四四七円である。(藤野 豊)

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